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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1237号 判決

控訴人 被告 日本通運株式会社 外一名

訴訟代理人 千葉宗八

被控訴人 原告 間島菊治 外一名

訴訟代理人 海老原新太郎

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人両名訴訟代理人は「原判決を取消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人両名訴訟代理人は「本件各控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方代理人の事実上の陳述は、控訴人等訴訟代理人において(一)被害者間島孝は控訴会社の臨時雇名義で採用されたのであるが自ら自動車運転免許証を有し、控訴人大谷の専属助手として本件事故を起した自動車に常乗し、右大谷に代つて該自動車を運転した経験もあつて、同自動車の性能は熟知しており、また度々王子駅構内で歯止め石を置いたり外したりする作業に従事し、この作業に伴う危険防止は十分心得ていた者であつて、本件事故は要するに被害者が車止めの石塊を取り除くに当り相当の注意を欠いた過失に基因するというべきであり、本件事故当時運転手大谷が、右のような技能経験ある助手において歯止めの石塊をいつものように無事取りのけたものと信ずることは当然であつて、その上に自動車の発進には最善の注意を尽していたのであり、同控訴人には何等過失があつたとみらるべき状況はなかつた。(二)仮りに同人に過失があつたとしても、本件は同じ使用主の自動車運転手と助手とが共同作業中に、双方の過失の競合によつて事故が生じたものであるから、使用主たる控訴会社との関係においては、その使用人が事業執行中純然たる第三者に損害を加えた場合とは全く性質を異にしているので、控訴会社には責任がない。(三)控訴会社において控訴人大谷の選任監督につき何等過失がなかつたという具体的事実としては、右大谷は控訴会社が雇入れる前昭和二十一年十一月に自動車運転の普通免許証を貰つているし、その後本件事故発生まで他に自動車事故を起したこともなく、控訴会社王子支店では特に車輛係長をおいて、毎朝車輪の整備荷物の取扱その他事故防止につき、全使用人に注意を与え、また作業場を廻つて事故のないよう注意し、事故当日も勿論事故を起さぬよう指示してあつたのである。(四)また被害者の遺族たる被控訴人両名は労働者災害補償保険法(以下労災保険法と略す)による遺族補償金(平均賃金の千日分)及び葬祭費(同上六十日分)の保険給付として当時十八万九千百六十七円六十銭の給付を受けている。右保険給付は国によつて支払われるが、これは労働基準法の実施により事業主たる使用者が労働者の業務上の負傷疾病廃疾死亡に対し責任を負うものとなつたところ、一旦事故が発生すると補償すべき額が多いことがあるので、使用者の負担を軽減合理化すると共に、労働者えの補償を確実ならしめるため、国が災害補償保険を経営し、事業主を強制的に加入させて、一定の保険料支払義務を負わせ、事故が発生したときに国が使用者に代つて支払うのである。そして給付金の全部が支払われるのは、使用者が無過失の場合か軽過失の場合であるから、これには使用者の軽過失による損害賠償的性質のもの(従つて遺族への慰藉料も含む)が包含せられ、その額も法律で規定せられているものと云わねばならない。本件においては、事業主たる控訴会社が一定の保険料を支払つたことによつて、被控訴人等が保険給付の全部の支払を受けているのであるから、仮りに使用者たる控訴会社に軽過失があつたとしても、すでに一切の責任は消滅していると解すべきである。(五)なお被控訴人等は控訴人等において何等慰藉の途を講じないというが、控訴会社は亡間島孝の葬儀に際しては十分の費用を支出して最上の取扱をしたので、被控訴人等からこれに対する感謝の礼状(乙第二、第三号証)があつた程で、慰藉の途は十分尽している。と述べた外は、原判決事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。

証拠として、被控訴人等訴訟代理人は甲第一号証、第二号証の一ないし十一を提出し、原審証人粕谷董、当審証人間島政吉の各証言並びに原審及び当審における被控訴人間島菊治本人尋問の結果を援用し、乙第四、第五、第七各号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認めると述べ、控訴人等訴訟代理人は、乙第一、第二号証、第三号証の一、二、第四ないし第八号証を提出し、原審証人飯島一雄、同小宮長太郎、当審証人小暮芳直、同高野幸蔵、同小林繁太郎の各証言及び原審における控訴人大谷嘉明本人尋問の結果を援用し、甲号証は全部その成立を認めた。

理由

被控訴人両名の長男である訴外亡間島孝が昭和二十四年一月初旬控訴会社に雇われ、貨物自動車の運転助手として同会社の王子支店に勤務していたが、同年二月二十二日国鉄線王子貨物駅構内において、同じく控訴会社に雇われていた控訴人大谷嘉明と共同で控訴会社の業務のため、貨物自動車に荷物を積込む作業に従事し、丁度積込を終つて控訴人大谷の操縦する右貨物自動車が発進した際、該自動車に轢かれて死亡したことは、当事者間に争がない。

而して右事故が控訴人大谷嘉明の過失に基因し、それが控訴会社の業務に従事中に惹起されたものであり、控訴人両名は各自被控訴人各々に対し損害賠償をすべき義務があるとなす原判決理由中の説示は、当裁判所も、当審における新たな証拠調の結果(前掲証人の各証言)を参酌してみても、そのとおりであると判断するところであるから、ここに該部分(記録一五九丁裏十一行ないし同一六一丁表九行)を引用する。控訴人等は当審で更に、本件事故はむしろ被害者間島孝の注意懈怠のみによつて生じたもので、控訴人大谷には過失がなかつた旨を強調するけれども(前掲事実摘示(一))、別段右判断を覆すに足る程の証拠はない。

控訴会社は、前掲事実摘示(二)にあるように、その使用人同志の共同作業中における双方の過失の競合によつて生じた本件事故については、事業主たる控訴会社に民法第七百十五条に定むる責任がないという趣旨の主張をしているが、本件のように事故の加害者被害者共に同一事業主の使用人であり、共同して同じ仕事(事業の執行)をしていた際の事故であつても、その事故が加害者たる一方の使用人の過失に基因するものである以上、その被害者に過失が認められる場合に、事業主たる使用者の損害賠償の責任、数額について、過失相殺の問題を生ずることあるべきは格別、使用者に民法第七百十五条の責任を生ずる余地なしということはできない。

また控訴会社は、種々具体的な事実を挙げて(前掲事実摘示(三))同会社には控訴人大谷の選任監督につき過失がなかつたから、同人の加害行為につき責を負うべきでないと抗争し、成立に争なき甲第二号証の五によれば控訴人大谷は昭和二十一年十一月自動車運転の普通免許証をとり、昭和二十三年三月末控訴会社に運転手として雇われたものであることが認められ、当審証人小暮芳道、同高野幸蔵の各証言によれば、控訴人大谷の勤務していた控訴会社の王子支店では、当時運送事業用として三十五、六台の自動車を使つており、毎朝その乗務員、整備員七、八十名を集めて、車輛係長から荷物取扱や事故防止に関する注意を与え、且つ同係長自らも車庫に赴いて自動車の点検整備をなし、事故のないよう心掛けていた事実を認めることができるが、右程度のことがらを以つてしては、現在の社会通念に照らし考えてみて、未だ以つて事業主の責任を全然免れしめる旨を定めた民法第七百十五条第一項但書にいう程度の選任監督につき相当の注意をなしたというには当らないし、その外に控訴会社に右にいう選任監督につき過失なきことを認むるに足る証左はない。

本件事故発生後、被控訴人等と控訴人大谷との間に示談成立し、被控訴人等は同控訴人に対する損害賠償請求権を抛棄したという抗弁についての当裁判所の判断は、この点についての原審証人小宮長太郎、当審証人高野幸蔵、同小林繁太郎の各証言中に、多少右主張に副うような部分もあるが、いずれもあいまいであつて、これ丈けでは該事実を認めるに十分でなく、却つて当審における証人間島政吉の証言及び被控訴人間島菊治本人尋問の結果は、示談書という成立に争なき乙第一号証によつて被控訴人等が控訴人等主張の如き示談をしたものではないという心証を深からしむるものであることを附加する外、この点に関する原判決理由中の説示と同じであるから、該部分(記録一六一丁表十行目ないし同裏八行目)をここに引用して、右抗弁を排斥する。

次に控訴人等が当審で新たに主張する労災保険法の保険給付金を受領した以上被控訴人等に民法上の損害賠償請求権なしという抗弁(前掲事実摘示(四))につき按ずるに、被控訴人等が昭和二十四年四月十九日控訴会社を通じ労災保険法による保険給付として遺族補償費及び葬祭料合計十八万九千百六十七円六十銭を受領したことは、成立に争なき乙第八号証及び原審証人小宮長太郎の証言並びに原審における被控訴人間島菊治本人尋問の結果によつて認めることができるが、そもそも労働者災害補償保険制度は、業務上の事由による労働者の負傷、疾病、廃疾又は死亡に対する労働基準法(以下労基法と略す)所定の災害補償義務を、事業主に保険料を負担させ、国が事業主に代わり履行して、災害補償請求権を迅速公正に確保し、一方事業主の経済的負担をも軽減せんとする保険施設であるから(労災保険法第一条第二条第十二条労基法第八十四条等参照)、労災保険法による保険給付はその実質において労基法にいう災害補償であつて、必ずしも損害の填補と一致するものではなく、且つ災害補償はこれを支払うべき使用者においてその災害の原因に対し民法上有責であるかどうかを問わないのである。そしてその金額も法律で劃一的に定めてあるのであり、もし使用者について民法上の不法行為の要件(民法第七百十五条の場合も含み)が備わつた場合には、使用者は別に損害賠償責任を負うべきで、両者は併存するものと解すべく、ただ二重に損害の填補を得させるのは不合理であるから、民法による損害賠償の責任を問うに当つては、災害補償を受けた価額の限度で民法による損害賠償責任を免れしめる旨の規定が、労基法第八十四条第二項に存するのである。而して労災保険法には同様の規定がないけれども、保険給付が災害補償の代払いであることから、全く同様に解すべきであつて(労災保険法第二十条は間接にこの解釈上の一根拠となり得る)、被控訴人等において災害補償上の要件が備わり、前記の如く遺族補償費(労基法第七十九条労災保険法第十二条第四号)及び葬祭料(労基法第八十条労災保険法第十二条第五号)を受けたとしても、控訴人等が主張するように不法行為上の損害賠償請求権を全く失うものというべきではない。

ことに本訴は精神上の苦痛に対する慰藉料のみの請求であるところ、労基法にいう災害補償は、労働者又は遺族に対しその労働力の回復又は生計維持を図るために、積極的及び消極的の財産上の損害の填補に資せんとするものであつて(労基法第七十五条ないし第八十一条参照)、精神上の苦痛に対する慰藉までも目的とするのではないから、遺族において労災保険法による保険給付を全部受領した場合になお右慰藉料の支払を認めても、別段前記二重に損害の填補を得させるような不合理は生じないので、不法行為による損害の賠償として慰藉料の請求をすることができるものと云うべく、ただその額の算定に当り斟酌すべきことがらの一となるだけのことである。よつて労災保険給付により控訴人等の不法行為上の責任が全く消滅したという前記控訴人等の主張は採用できない。

而して被控訴人等が右事故に因り、その長男を亡つた両親として精神上相当多大な苦痛を受けたに相違ないことは、経験則からも当然のことであるから、被控訴人等の請求するその額の算定に入り按ずるに、当裁判所は、被害者間島孝に本件事故につき過失があつたことを認めるに足りる証拠なしという点、並びにその額については、前段に認定した被控訴人等において十九万円弱の労災保険給付を受けた事実及び原審証人小宮長太郎、当審証人小林繁太郎の各証言により認められる被害者亡間島孝のために控訴会社では、臨時雇ではあつたが社員に準じた支店葬として、御通夜棺前読経などを行い、茨城県の郷里で行われた葬式には王子支店営業課長を参列せしめ、多少の香奠も支払つている事実(以上は控訴人等が前掲事実摘示(五)で主張している)をも参酌した上で、各金七万五千円宛を相当と認める点について、原判決理由中に説示してあるとおりに判断するから、当該部分(記録一六一丁裏十二行ないし同一六二丁表十行)をここに引用する。

以上の次第であるから各被控訴人が控訴人各自に対し慰藉料として金七万五千円及びこれに対する本件訴状送達の翌日たること当裁判所に顕著である昭和二十八年八月十六日以降完済に至るまで年五分の法定利率による遅延損害金の支払を求める本訴各請求は正当として認容すべく、これと同趣旨に出でた原判決は相当であつて、本件各控訴はその理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条、第九十三条第一項に則り主文のとおりに判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 菅野次郎 判事 坂本謁夫)

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